● Vol.14 「なし屋」のおばちゃん
---------- 2005/06/14(Tue) 17:52
   お盆を過ぎても猛暑は続く。
   今年は、昨年の冷夏を取り戻す
   如く太陽が肌を突き刺す。

   そんな中、一時の涼を感じる
   光景がある。
  
   クリニックの道路の向い側に
   今年も一本のパラソルが開く。

  「梨屋のおばちゃん」が今年も
   定位置に元気に陣取っている。

  「おばちゃん、今年はぬっかねぇ〜
   今年もおばちゃんのうまか梨ば
   楽しみにしとったよ!」

   おばちゃんは、もう幾つなんだろう。
   私が、ヨチヨチ歩きの頃から
   クリニックの傍らで梨を売っている。
  
  「先生がこまか時はねぇ..
   じいちゃん先生の若か時はねぇ..」
   と、何でも知っている。
  
  『たなべ』の歴史を長年、見続けて
   来た貴重な人である。

  「おばちゃん、今年はまだ来らっさん
   ねぇ〜。元気しとらすかなぁ〜。」 
   って、みんなで言よったとよ。

   私は、子供と梨を買いに行く。
   私の子供にも梨屋のおばちゃんを
   知って欲しい。
   その幼き記憶に残して欲しい。

   今では、聞けなくなった昔話を
   子供達にもして欲しい。
  
     来年も再来年も元気に
     パラソルを開いて欲しい。

     おばちゃんの梨が
     一番おいしい。
     


● Vol.13 「台風」との幼き戦いの日々
---------- 2004/11/25(Thu) 20:41
   台風がやって来た。
   雨風も次第にひどくなり
   台風の接近を肌で感じ、
   TVの台風情報に耳を傾ける。 

   私が、幼稚園生の頃、長靴と
   レインコートを買ってもらった。
   とても嬉しかった。
   
   早く着たくて、
  「雨降らないかなぁ〜」と
   毎日、空を仰いでいた。
    
   そんな折、台風がやって来た。
   レインコートも着たいし、
   台風の中、外に出て幼心に
  「戦い」の炎が燃えて来た。 
   
     一大決心!
     一人雨風の中、
     親に内緒で外に出た。
    目的地は、数百メートル
    離れた隣のいとこん家。

     幼い私にとっては
     大冒険!!

    飛ばされそうな傘を
    小さな手で握り締めて、
    目をつぶって歩み出した。

   「もう、ダメだぁ〜..」
    小さな勇気と冒険心の
    決断は、わずか数分。
    距離にして数十メートル。

    びっしょり、濡れて
    お家に帰った。
   「なんしよっとね、あんた
    こやん、びしょびしょに
    なってから..」と母。

    今振り返れば、
   「なんばしよったと?」って感じ。

   でも、鮮明に私は覚えている。
   あれは、紛れも無く、
    「戦いだった」と。
    「大冒険だった」と。

   台風も去った。
   空には、時折晴れ間も覗く。
   幼き日々の自分を想い、
   私は、何故かとても嬉しい。

    

● Vol.12 「子の思い」・「子の愛」
---------- 2005/06/14(Tue) 17:53
   家族で一緒に食卓を囲む。
   子供と一緒にお風呂に入る。
   我が子の枕元で本を読んであげる。

   そんな一見、当たり前の様な事が
   職業柄、私にはなかなか出来ない。

    私にとって、我が子と
    一緒に過ごす時間は、
    例えようも無い程、尊い。 

     我が子と
    「今日、一緒に」
     お風呂に入る。

   一番はしゃいでいるのは、
   実は、父親の私である。

   子供と洗いやっこをしながら
   子は父に色々な話をしてくれる。

  『ねえお父さん、朝起きたらね
   僕がお父さんになってるの』

  「へぇ〜、それで・・」

  『でね、お父さんが子供に
   なってるっちゃん』

  「そう! それでどうなるの?」
   と、私は子供の空想に興味津々。

  『でね、毎日キャッチボールして
   毎日肩車してあげていつも一緒』

  「そう・・、そうなの・・・」
   と、私は涙目で笑った。

    ディズニーランドなんか
    行かなくていい。
    おもちゃたくさん買って
    あげなくてもいい。

   いっぱい、いっぱい
   くっついて、抱きしめれば良い。

   子の思い・子の愛。
   寝顔の我が子に私は、その夜
   いつまでも話しかけた。
   
      大切なもの...
      大事なもの... 

   

● Vol.11 8月9日・午前11時2分
---------- 2005/06/14(Tue) 17:54
   私は、学生時代を
   長崎で過ごしました。

   盛夏の中、8月9日をいつも
   長崎で迎えていました。

   午前11時2分、市内には
   サイレンが響き渡ります。

   街中を行く公共交通機関・ 
   電車やバス、一般の車でさえ
   サイレンと共に停止するのです。

   道行く人々の殆どが足を止めます。

   一分間の黙祷が、街中に
   沈黙をもたらします。
   蝉の鳴き声だけがアスファルトを
   突き刺します。

   原子爆弾は、何故
   投下されたのでしょうか?
   何故、作られたのでしょうか?

   そして、人類に何を
   もたらしたのでしょうか?

     生命に勝る
     尊きものは、ない。

     59年後の現在も、
     それはなんら変わらぬと
     思うのです。 



● Vol.10 一年、ひと昔
---------- 2004/07/30(Fri) 02:53
   最近、小学生の息子と一緒に
   お風呂に入っている時、
  「お父さん、お願いがあるんだけど」
   と、相談を持ちかけられた。

  「なんね?」

  「髪を茶髪か金髪にしたいんだけど」

  「茶髪? きん・金髪?!」
  「な・な・なんで〜」

  「だって、かっこいいもん」
  「友達もしてるもん」

   正直、返答に困った。
   私が小学生の頃、鏡の前で
  「やっぱ、金髪やろ〜」
   なんて、考えもしなかった。

  「10年、ひと昔」
   なんて、21世紀には通用しない。

   情報の氾濫・多様化、
   生まれた時から
   携帯電話がある、
   インターネットがある
   21世紀世代の息子たちには、
   正に『1年、ひと昔』。

   スピードが勝負の今の世の中、
   自分の足元をしっかり見て、
   自分の歩幅で確かに歩む姿勢を
   持ちたいものです。

   息子と一緒にお風呂に入るのが
   ほんのちょっと、ドキドキする
   今日この頃です。

  

● Vol.9 「ありがとう」って言える?
---------- 2005/06/14(Tue) 17:54
    みなさんは、1日に何回、
   「ありがとう」って
    言ってますか?
  
    以前、食事の時、
    私は、かみさんに
   「ちょっと、醤油とって」
    醤油を渡すかみさんに
    私は、「...」。
   
    でも、今では、
   「ありがとう」って、
    自然に言えるようになりました。

    私のこころの変化は、
    子供達のおかげです。

     「ありがとう」
     「おはよう」
     「ごちそうさま」
     「おやすみ」
   
    素直に感謝の気持ちを
    言葉として表す。
    笑顔で挨拶をする。

    その事を最も我が子に
    教えたかったのです。
    だから、自らが
    子供達の手本になりたくて
   「ありがとう」って
    言えるようになりました。
  
   「ありがとう」って
    とってもやさしい言葉です。

    だから、惜しむ事なく
    たくさん使いましょう。
    


● Vol.8 「ぬっか!」 ねえ〜
---------- 2004/07/15(Thu) 12:10
   例年より1週間早い梅雨入りと
   思いきや、早くも梅雨明け宣言。
   
   例年より雨が少なく、梅雨って感じが
   あまりなく、暑い日が続きました。

      『ぬっか』 ねえ〜。

   例年、夏休みになると東京から
   従兄弟の子供達が唐津へやって来る。

   東京生まれの東京育ちの彼らは、
   唐津の青い空と海を満喫している。

     そんな折、彼らは、
    「今日は暑いねえ〜」と
     私に一言。

  "暑か"じゃ、いっちょん"ぬくう"なか!

  「ぬっか」は、ジメジメして湿度が
   高く、暑い感じがよ〜く伝わって来る。

  「暑いじゃないの、ぬっかと言うの」
  「東京に帰ったら学校で広めなさい」 
   と、正しい唐津弁を教えている。

   唐津弁は、よか!
   言葉に「こころ」がある。

   これからもっと、ぬくうなるばってん
   みなさん、お身体に気を付けて。
   
   

● Vol.7 「ささのは さあらさら」 七夕!
---------- 2005/06/14(Tue) 17:56
   「ささのは さあらさら」七夕です。
  
   7日の夜は、雨も少し降っていたので
  牽牛と織女は、再会できたのでしょうか?
 
   クリニックの待合ホールとラウンジに
  笹を飾り、患者様を始め、様々な方々が
  短冊に色々な願いをお書きになりました。

   たくさんの短冊をすべてご紹介出来ない
  のは残念ですが、こころ温まるステキな
  短冊を有難う御座いました。
  
   
   みなさまの願いが叶いますように。

   

● Vol.6 「記念樹」!
---------- 2004/12/18(Sat) 12:40
   1918年開業の「田辺産婦人科」は
   2003年、
   『たなべクリニック産科婦人科』として
    生まれ変わりました。
   
    クリニックの玄関前に
   その「記念樹」があります。 

    様々な記念樹があると思います。
   
    私の子供が幼稚園で卒園記念に、
   ももの樹を植えました。
  
    あれから数年、幼稚園から
   収穫の招待状が届きました。

    子供の成長と共に、あのももの樹も
   育ち、実りを迎える時となったのです。

    私が生まれた時も父が記念樹を
   植えてくれたようです。
   クリニックの駐車場にそびえる
   その樹は、今では見上げるほどに
   成長しています。

    2004年、たなべクリニックは、
   創業から87年目を迎えました。
   
    100年目を迎えるその日に向けて
   クリニックの「記念樹」の成長を
   楽しみに、今後更にスタッフと共に
   頑張っていきたいと思います。
   
   

● Vol.5 「慈光園」って知ってる?
---------- 2005/06/14(Tue) 17:56
  みなさん、「慈光園」って知ってる?
 
  唐津の十人町にその施設はあります。
  正しくは、児童養護施設「慈光園」。

  何らかの理由で、共同生活を送っている
  子供たちがそこから学校に通っています。

  "親と一緒に生活出来ない"ことは、やはり
  ひとつのハンディかもしれません。

  けれど、慈光園の子供たちの瞳は輝き、
  とっても明るく、そして元気に「挨拶」
  の出来る子供たちなのです。

  数年前、私が初めて子供たちに出会った
  時の感動を私はいまでも忘れられないの
  です。

  両親が健在で、家族みんなで同じ屋根の
  下に暮らしている子供たちでさえ、正直
  相手の眼をちゃんと見て挨拶できない子
  たちがいます。

  慈光園では「こんにちは〜!」と、
  とっても明るく元気に、初対面の私に
  たくさんの子供たちが挨拶をしてくれ
  ました。
  
  とっ〜てもこころ打たれました。
  涙が出ました。

  今、我が子の親である自分、
  愛情豊かに育てられた子供だった自分。

  忘れかけていた一番大事なことを
  慈光園の子供たちに教えてもらいました。
  
 
     『母と子の絆、親と子の絆』を
      考えましょう。
      一番大事な『絆』を改めて
      かみしめましょう。 


      大事なことは、
      すぐそこにあるのです。