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過去の記事(~2013年7月)

たなべりょうへいの言葉

ブログ

Vol.820「お友達」

私にお菓子をくれる女の子。

お腹の赤ちゃんとお母さんの健診にいつも付いて来てくるお姉ちゃんに

私がお菓子をあげるから。

お手紙を私にくれる男の子。

私がいつもお返事を書くから。

『いつもありがとうございます良平先生』とお母さんたち。

だってお友達だもん。

お姉ちゃんお兄ちゃんは私の大切なお友達。

「またおいでよ」のハイタッチ。

お母さんに逢いに来た・その日からあなたたちと私はお友達。

 

Vol.819「折り鶴」

100歳を目前に・その方は天国に召された。

子供たち・孫・ひ孫・多くの親族が彼女との別れを惜しんだ。

幼子が家族に問う。

『おばあちゃんはどこに行くの?』。

「お空に旅立ってお星さまになるの」。

『おばあちゃん・足が悪かったから歩いてお空に行くのは辛くない?』

子の想いにみんなが応える。

「おばあちゃんが安心できるように・みんなで鶴を折ろう」。

たくさんの折り鶴が彼女の棺を飾った。

葬儀の後・傍らに一羽の鶴。

「おばあちゃんをちゃんと乗せて天国へ連れて行ったって・報告に来たんだよ」。

その答えに安堵する幼子。

空高く・想いは深い。

 

Vol.818「それでも」

自我に目覚める頃。

こどもたちはだだをこねる。

泣きながらイヤイヤする。

時にお母さんのお叱りを受ける。

「お母さんなんて・大嫌い!」。

なんて・・言っちゃう。

けれど・丸まってすすり泣く我が子に

「お母さん大好きだよね」とそっと囁く。

無言で頷く我が子。

抱きしめる。

泣き止むまで・ぎゅっと抱きしめる。

Vol.817「初物」

家内と二人久し振りに電車に乗った。

少し混んでた車内。

一つ席が空いた。

若いカップルの横。

家内を促し座らせる。

程なくカップルの男の子が席を立つ。

「どうぞ・・」。

私は席を譲られた。

「あ・ありがとう」。

私は軽くその子に会釈し家内の隣に座る。

微笑む妻。

やや苦笑の私。

若い二人は私たちより先に電車を降りた。

小さな親切。

初めての経験。

まさかこんな日がこんなに早く私に訪れようとは。

家内と電車を降りる。

エスカレーターは使わず颯爽と階段を降りる。

微笑む家内。

無言の私。

背筋伸ばして我が家へ歩く。

 

Vol.816「笑食」

50歳を過ぎると食事の際・ふと箸が止まる時がある。

天国に召される・その日まで一体あと何食口に運ぶのだろうと・・。

有難く頂かねば。

有難くご馳走さまをせねば。

家族と笑って食卓を囲みたい。

食の大切さを家族で分かち合いたい。

笑食。

昨日も今日も。

そして明日も。

 

Vol.815「他人」

家内と共に歩んで26年余。

共に夜を迎え・共に朝を迎える。

いつしか他人が他人でなくなった日々。

家内が帰るのは我が家。 

おやすみ。

おはよう。

ただいま。

おかえり。

 

Vol.814「つまみ食い」

ちょっとだけ食べる。

つまんで食べる。

こっそり食べる。

少しお行儀悪い。

でもやめられないよねぇ~。

ごめんねママ。

だっておいしんだもん。

 

Vol.813「前へ」

1918年創業のたなべクリニック。

今年102年目を迎える。

たなべクリニックは医療の質は勿論のこと

接遇・設備などあらゆる分野のインプット(学びと気づき)を行っている。

加えて必ずアウトプット(考察・実践・検証)を繰り返している。

インプットとアウトプット。

創業100年を超えた・たなべクリニックが足を止めることはない。

次の百年へ向けて突き進む。

Vol.812「一会」

出張する。

初めての土地に降り立つ。

早朝駅員さんに挨拶する。

タクシーに乗り運転手さんに行き先を告げる。

運転手さんとの他愛ない会話。

車窓に行き来する人達。

カフェでコーヒーを注文。

店員さんとの短い会話。

二度と訪れないかもしれない土地。

二度と逢わないかもしれない一時の出逢い。

一会。

そこにもきっと意味がある。

そこにも必然が待っている。

vol.811「真副体」

華道に真副体(しん・そえ・たい)と言う基本がある。

人生にも当てはまる極意である。

自己成長に値する問題なのかを熟考する。

しかし何が真で・何が副・体なのかと拘る必要はない。

問題と向き合っている事が大事である。

バランスがとれているかが大切である。

真副体。

自身と向き合おう。

そこに自己成長がある。