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たなべりょうへいの言葉

ブログ

Vol.126「乗り越えた赤ちゃん」


「がんばったねぇ~」

 

「ちょっと抱っこさせて、

 もらっていい?!」

 

 産まれつき心臓に病気があった。

 手術を受けた。

 

 小さな身体で、とっても

 大きな試練を乗り越えた。

 

 今日は、お母さんと一緒に

 元気になった姿を

 私に見せに来てくれた。

 

「一番、がんばったもんねぇ~」

 

「でも、お母さん・お父さんが

 いてくれたから、がんばれ

 たんだもんねぇ~」

 

 じっと、私の腕の中で、

 私を見ている。

 

 何でも、分かっている。

 

 後日、そのお母さんから

 メールが届いた。

 

『先生が我が子を抱っこして、

 お話している時、気付きました

 幾度となく入院、その度、

 泊まり込みの看病..

 正直、大変でした

 でも、一番、がんばったのは、

 この子自身なんだ

 なぁ~って..』

 

『先生、気付かせてくれて、

 有難うございます』

 

「がんばったねぇ~」

 

「大丈夫..」

 

  逢いに来てくれて、

  ありがとう。

 

Vol.125「友達のお母さん」


 小学生の頃、仲の良い友達がいた。

 

 いつも、一緒に遊んでいた。

 

 その子の家にも、

 よく遊びに行った。

 

「こんにちは~!!」

 

『あらぁ~、よくきたねぇ~』

『今、おばちゃんが梨

 剥いてあげるからね』

 

「おじゃましま~す!」

 

 いつも笑顔で迎えてくれた。

 

 お父さんは、いなかった。

 兄弟もいない。

 

 その子とお母さんの

 二人暮しだった。

 

 仲の良い親子だった。

 明るい家庭だった。

 

 子供の私の眼には、そう映った。

 

 その子も大好きだった。

 お母さんも大好きだった。

 

 何故か、羨ましさもあった。

 


「こんにちはぁ~」

 

『は~い、早、上がんなさ~い』

 

 いつも、ニコニコお母さんに

 会うと、とっても嬉しかった。

 

「さようなら~、また、

 来るねぇ~!」

 

『いつでもおいで!

 気をつけて帰んなさい』

 

「ハ~イ!」

 

 幼い私には、それが、

 ただ、ただ、うれしい。

 訳もなく、嬉しかった。

 

Vol.124「離島の診療所」


         「Dr.コトーの診療所」が
     再び、始まった。

    私もたなべクリニックを
    開く前、勤務医時代には、
    様々な場所で仕事をした。

    小さな離島の診療所へ
    派遣された事もあった。

    田邉良平版「Dr.コトー」
    ならぬ「Dr.リョウヘイの
    診療所」時代のお話を
    ちょっとお聞かせしましょう。

    私が赴任した診療所は、人口
    約4000人程の小さな離島でした。

    島にスーパーは、一軒。

    赴任早々、そのスーパーに
    買出しに行った。

    スーパーの中を買い物カゴ
    下げて、ゆっくりウォーキング。

    すると、しっかり感じる
    周りの視線。

    『今度、来らした新しい
     産婦人科の先生よっ..』

    耳を澄ませば、そんな
    ヒソヒソ話と熱い視線が、
    私に届く。

    ちょっと、俯き加減に、
    早々に買い物済ませて、
    診療所の寄宿舎へ帰った。

    でも、スーパーが、日曜は休み
    とは知らず、週末に餓死しそう
    になった事もあった。

    島に、ボウリング場があった。
    僅か数レーンのボウリング場。

    診療所の厨房のおばちゃんと対戦。

    なんと、おばちゃん!
    マイボール・マイシューズ&
    マイユニフォームで登場。
 
    なめてかかって、完敗。

    よくよく、考えると唯一の
    娯楽施設が、ボウリング。

    島民の多くが、セミプロボーラー
    だったと気付いても後の祭り。

    看護師さんの子供ともよく遊んだ。

    休みの日に、子供たちと一緒に
    島の山に登り、カブトムシ採り
    にも行った。

    島に台風が直撃。

    寄宿舎は、築ウン十年の
    立派な?!建物。

    窓ガラスが悲鳴を上げて、
    今にも壊れんばかりの騒々しさ。
    慌てて、診療所に避難。

    これまた、頼りない
    伝統ある!?古い建物。

    ただ、ひたすら、台風が
    過ぎ去るのを祈った。

    やがて、島を離れる時が来た。

    360度見渡せば、真っ青な海。

    島民全員が家族のようだった。

    数年後、島の診療所は、
    閉鎖された。

     今、思い起こせば、
     素敵な思い出。

    我がこころの大切な宝もの。

Vol.123「異国の地で」


「気をつけて、行ってね」

 

「心配な事は、何でも

 メールでもしてね」

 

 ご主人がお仕事で、海外派遣。

 数年は日本に帰らない。

 

 異国での出産。

 

 文化も習慣も違う土地で、

 大きなお腹で旅立つ。

 

 時折、海外から私にメールが来る。

 

 不安を少しでも

 安心に変えてあげたい。

 

「こんにちは」

「大丈夫?」

 

 異国(日本)でのご出産。

 

 ご主人も外国人だが、

 流暢に日本語を話される。

 

 しかし、ご本人は、

 在日間もなく、片言の会話。

 

「自分がもし、言葉も良く

 分からない国でお産するん

 だったら、不安でしょ!」

 

 スタッフに私は、問いかける。

 

『ちょ~不安です』

 

「だろ~、だから、みんなで

 応援しよう!」と、私。

 

 どんなに心細く、不安でしょう。

 

 ご出産後に、母国から

 お母様が来日。

 

 お母様と対面。

 

 言葉は交わさない。

 お互いニッコリ笑顔のご挨拶。

 

 言葉ではない、こころの会話。

 

【不安を安心に】

 

 たなべクリニックの

「バリュー(価値)」

 のひとつ。

 

 今日も「バリュー」を

 こころと言葉で繰り返す。