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たなべりょうへいの言葉

ブログ

Vol.499「番台」


大学受験。

私は浪人する事となり・予備校に通った。

予備校近くに下宿し・通学していた。

下宿にはお風呂がなく・近くの銭湯を利用していた。

同じ下宿仲間と通う銭湯は・気分転換にもなり楽しかった。

お金がない時は・お風呂の掃除を手伝い・ただで入浴させて貰っていた。

とてもやさしく・親切な銭湯のおばちゃん。

『あなたどこから来たの?』。

『受験頑張ってね』。

予備校生の母親代わりのような存在だった。

年の暮れ・受験勉強もラストスパートの頃。

『来年銭湯を閉める事になったの』と・おばちゃん。

受験を終える春にはおばちゃんともお別れ。

『あんたたち記念に番台に上げてあげるよ』。

おばちゃんからのビックリ提案。

ドキドキ・うきうき。

毎日下宿仲間と交代で番台に上がった。

受験も終わり・仲間もそれぞれの進路へ。

大学合格を我が事のように喜んでくれたおばちゃん。

大学入学式前にみんなで集まり・銭湯のご夫婦にご恩返したいと考えた。

お別れ会を開く事とし・入浴ついでに相談に行った。

『うれしいねぇ~』。

『ありがとう』。

『良かったらみんな・その日はおばちゃん家に泊まりなさいよ』。

銭湯のご夫婦にはお子さんはなく・私たちは甘えてお泊まりした。

とても楽しく・温かい時間だった。

おばちゃんのことは忘れない。

おばちゃん・ありがとう。

Vol.498「もう一回」


「寒くない?」と私。

『大丈夫』と息子。

テレビ観ている彼。

コーヒー飲んでる父。

「寒くない・・ね?」。

『だから・寒くないって言ったでしょ・さっき』。

「でも・・冷えて来たから・・」。

「お腹空いてない?」と妻。

『空いてない』と息子。

スマホいじってる彼。

食器洗ってる母。

「果物食べない?」。

『だから・お腹空いてないし!』。

「だって・・このリンゴおいしいし・・」。

心配してるの。

わかってる。

うざいん・・でしょ。

でもね。

言いたいの。

あなたが・やがて親になったら・・。

お父さん・お母さんの“でもね”が分かる時が訪れる。

もう言わないよ・・今日は。

明日はわかんない・・けど。

 

Vol.497「深夜のドライブ」


深夜にちょっと小腹が空いた。

コンビニまでお出かけ。

コンビニの駐車場には・若いお兄ちゃん三人の姿。

彼らを横目で見ながら店内へ。

買い物済ませ・車に乗り込もうとした瞬間。

『あのぉ~』と私に近寄る若者。

「な・なんね!」と身構える私。

『○△駅まで乗せてってもらえませんか・・』。

「?!」。

一瞬フリーズの私。

『もう電車もなくて・お金もなくて・・』と少年。

「電話して・家の人に迎えに来てもらいなさい」と・大人の私。

『電話しても誰も出ないし・・』と・ピアスの兄ちゃん。

「・・」。

『・・・』。

しばしの沈黙。

私の頭の中で色々なケースを想像・展開・対応。

相手は不良三人組・深夜・ヤバい・怖い・でも困ってそう・・。

『・・』。

「・・・」。

「よか!乗れ・○△駅まで乗せてってやるから」。

『あ・有難うございます』の最敬礼の三人組。

深夜のドライブ。

意外に盛り上がった車内。

「はよ~・家帰りなさい」と・お父さん世代の私。

『はい!有難うございました』と・意外に礼儀正しい少年たち。

よかった・・。

でも二度目は・・なしよ。

Vol.496「お役目」


2005年。

ある出版社から私に連絡が来た。

大手の出版社で・医療関係の書物を多くく出版している。

加えて・医療従事者向けのセミナーも全国各地で開催している。

その出版社主催のセミナーでは受講者に

【どんな内容のセミナーを今後開催してほしいですか】と言うアンケートを行っているとの事。

当時【たなべ先生のソフロロジーセミナー希望】と言うアンケートが散見され

年々その要望が増えていたらしい。

それで・出版社の担当者から一度会いたいと言う連絡がクリニックに入った。

担当者との面談後・私をプランナー(講師)とするセミナーが企画された。

2006年からスタートしたこのセミナーは毎年・全国各地で開催されている。

たくさんの様々な方々との出逢いがそこにはある。

母子手帳を持参され【良平先生!安産できるように私の母子手帳にサインして下さい】と

言われる方も出てきた。

私の大切なたなべクリニックファミリースタッフと共に全国を廻り・講演を行ってている。

同時に私の留守中・スタッフがクリニックを守ってくれている。

今年もまた・セミナー会場で新たな出逢いがある。

たなべクリニックは・全国の赤ちゃんとお母さんを守ってくれている医療者に

メッセージを送り続けている。

一人でも多くの赤ちゃんとお母さんの絆を深めるために。

たなべクリニックの企業理念【育児こそ世界で最も重要な仕事である】に

共感共鳴してくれる仲間を増やすために。

Vol.495「巨星逝く」


日本ソフロロジー法研究会名誉会長・松永昭先生が天に召された。

86歳の生涯。

松永昭先生が・日本にソフロロジー法を導入され大成された。

即ちソフロロジー法は・松永昭先生が完成させた産前教育法である。

松永昭先生との出逢い。

ソフロロジー法との出逢い。

一期一会がなければ・“今”の私は存在していない。

大流をなして・私は私の進むべき道へと導かれた。

産科医として。

人として。

私の人生観・価値観・人生哲学は・ソフロロジーを源流としている。

心身一如。

天命を全うするまで。

お役目が終わるその日まで。

松永先生。

再会を楽しみにしてます。

合掌。

Vol.494「内燈」


クリニックを出る。

帰路につく。

いつもと同じ路を・同じ歩幅で歩く。

通り道に学生寮がある。

あちこちの部屋に明かりが灯っている。

窓には洗濯物も見える。

我が子も寮生活をしている。

集団生活。

楽しみもあれば。不自由さもあるだろう。

定刻にみんなで食事をして・決まった時間に入浴する。

家の側の寮の部屋の灯りが遅くまで点いている。

息子も遅くまで机についてるだろうか。

寒くないだろうか。

お腹空いてないだろうか。

少し立ち止まり振り返り・寮の窓を見上げる。

息子とこころで会話。

頑張れ。

いつも応援してるから。

 

Vol.493「うぶちゃり」


「うぶちゃり」。

今から13年前の2000年。

養護施設の子供たちとの出逢い。

愛する郷土にハンディを持った子供たちがいる。

子供たちとの約束。

「おじちゃんは・君たちのために動く」。

「これから十年・あなたたちのために活動を続ける」。

ハンディを持ちながらも明るく輝く瞳を持った・あの子たちの存在を知って欲しかった。

彼らを通して・家族の絆を改めてみんなに考えて欲しかった。

彼らのためのチャリティーコンサート。

約束の十年・コンサートを開催し続けた。

開催から11年目。

私の想いは・たなべクリニックファミリースタッフに引き継がれた。

「うぶちゃり」とは・たなべクリニックが主催する子供たちの支援イベントである。

今ではクリニックスタッフが・全て企画運営している。

今年も11月17日日曜日・14回目の支援イベントが開催される。

想いをつなぐ。

未来からの使者である子供たちのために。

たなべクリニックが存在する限り・想いは繋がる。

Vol.492「唐津くんちは世界一」


国の重要無形民俗文化財である・唐津くんちは

11月2日からの3日間で宵曳山・御旅所神幸・町廻りが行われる。

今年も勇壮果敢なおくんちは・幕を閉じた。

どう考えても・・。

やはり・・。

唐津くんちは・世界一。

異論なし。

我がルーツが・心中より語る。

唐津くんちは世界一。

Vol.491「学会」


『第12回日本ソフロロジー法研究会学術集会』が・大阪で開催された。

全国から多くの医師・助産師・看護師らが参加した。

私は・教育講演を依頼された。

私の想いとお役目をお伝えした。

スタッフも参加し・私の講演を聴く機会を得た。

クリニックに戻ると・メールが届いていた。

私の想いやお役目に共感して頂いたメッセージが綴られていた。

今までもこれからも・私の大切なファミリースタッフと共にお役目を果たして行く。

未来からの使者である子供たちのために。

Vol.490「無縁・有縁」


突然の雨。

「やっぱり・降って来たかあぁ」。

困惑の私。

強まる雨足。

止みそうでない暗い空。

『良かったら・どうぞ』。

雨宿りをしていたビルの入り口。

私の隣に立っていた・見ず知らずの男性。

「天気予報当たりましたねぇ~」。

「本降りになって来ましたねえ」。

先程社交辞令的に軽く世間話をした・偶然居合わせた間柄。

『私・・会社近くですから』。

『良かったら・この傘使って下さい』。

傘を差し出す彼。

「いえ・いいです・お気持ちだけで」。

「あなたも濡れますから・傘お使い下さい」。

『どうぞ・どうぞ』。

私に傘を渡して・小走りに去って行った。

見ず知らずの人。

もう・二度と会わないかもしれない。

返す当てもない。

お礼も言えない。

ビニール傘。

少々曲がっている傘。

でも・とても大事な傘。

大事に取っている。

あなたに・お礼は出来なかった。

だから・私以外の誰かに。

私も・感謝のこころを繋げよう。